アメリカの私立大学 学費の支払い能力を合否判断の参考に

マイスターです。

「理想の社会」のあり方を考えるときに、極端に突き詰めるとその方向性は結局、以下の2つに分かれていく気がします。

・能力があり、工夫や努力をした人や組織が、どんどん成果を出せる社会
(=能力がない人や組織との間で、どうしても格差が生じる社会)

・能力がなく、またそれほどの努力をしなくても、とりあえず普通に暮らしていける社会
(=規制や保障に手厚く守られた社会。一度決まった序列はあまり覆らず、差が出にくい社会)

前者の方にスポットが当たりがちですが、後者だって考えてみれば、これはこれで理想の社会のあり方です。
もちろん実際にはこんなに極端にすべてが二者択一になるわけではなく、バランスが考えられますし、時と場合によって上記のどちらの考え方が適しているのかも違うでしょう。
ただ様々な議論を見ていると結局、上記のどちらかを自分達が望んでいるのかという問いかけになっていることが少なくないように感じます。

従来から中流階級を増やすことを目標にしてきた日本では、これまではどちらかと言えば後者寄りの発想で社会の仕組みがデザインされていたようです。
現在はそこに、少しずつ前者の発想が入ってきているところでしょうか。

今日は、前者の発想の代表(?)である、アメリカからニュースを2つ、ご紹介します。

【今日の大学関連ニュース】
■「米私大 大量破綻の兆し 授業料高騰で学生離れ 過剰投資もあだ」(FujiSankei Business i./Bloomberg GLOBAL FINANCE)

ボストンにある名門私立シモンズ大学の新校舎を訪ねた。敷地面積6200平方メートルで、今年1月に完成したばかり。総工費3200万ドル(約31億7312万円)を費やしたという豪華な建物だが、人影は少ない。
世界不況の影響を受け、シモンズ大学の入学者数は減少の一途をたどる。教育ローンの貸し渋りや貯蓄額の減少に打撃を受けた学生たちが、授業料の安い学校を選ぶためだ。
入学者数の減少に加えて、景気が良ければ学生を引きつけたであろう簡易台所やケーブルテレビの付いた学生寮などの至れり尽くせりの施設が、同大の財政を圧迫している。
(略)知名度が低く、魅力的なプログラムを持たない私立大学ほど打撃は大きい。多くが校舎建設などで抱えた債務に苦しんでいる。寄付金収入も激減し、学生集めにどこも必死だ。
(略)経営破綻(はたん)に陥った一つの例がニューメキシコ州の私立サンタフェ大学だ。学生数1900人の同大は3月24日に閉鎖を発表した。3000万ドルの債務返済が滞り、州立のニューメキシコ・ハイランズ大学との合併交渉が決裂したためだ。
ペンシルベニア州の名門フランクリン・アンド・マーシャル大学の学長を務め、現在は経営コンサルタント業に就くリチャード・ニードラー氏は、小規模大学の多くがサンタフェ大学と同じような状況にあると話す。
同氏は全米678大学の財務状況を分析。うち207大学が長期の運営に耐えられるほどの資本を保有していないという。「今年中に市場が正常化すれば、多くは生き残ることができるだろう。しかし来年以降も不況が続けば、経営危機に陥る大学の数は10倍になる」
(上記記事より)

不況によって学生が学費の安い大学に流れる。
そこに、バブル期の過剰投資のツケも重なり、経営に苦しんでいる大学が少なくないそうです。

しかし学生を集めようにも、彼らだって家計が苦しいわけですから、大学は安価な寮や奨学金を用意する必要があります。
そこでまた投資が必要になってくるという、ジレンマを抱えています。

設備投資もそうですが、資産運用のために様々な金融商品に手を出した結果、不況でダメージを受けているという面も大きい様子。
このあたり、日本の大学にも一部、共通するところがあるかもしれません。

こうした大学が生き残るためには思いきった変革が必要かもしれない。米大学入試委員会カレッジ・ボードのシニア・ポリシー・アナリスト、サンディー・ボーム氏は、生き残りの方法として、規模の大きな大学との合併、営利を目的とする組織への身売り、一流大学が実施しない職業訓練プログラムの提供などを挙げた。
(上記記事より)

大学間の合併は日本でも行われていますね。
「一流大学が実施しない職業訓練プログラムの提供」も、一部の大学が少しずつ始めています。

日本でも、大学の財務も一般家庭の家計も厳しいという状況で、学費の支払いに支障が発生しないかどうかが話題になっています。

(過去の関連記事)
■文部科学省 大学の授業料滞納、中退者数を調査

奨学金や学資ローンが身近なアメリカでも、さすがに大きな影響が出ているのではないか……。
と思っていたら、こんな話題を見つけました。

■「大学合格は懐具合次第? 米、授業料支払い能力も考慮の苦渋」(FujiSankei Business i./Bloomberg GLOBAL FINANCE)

世界的なリセッション(景気後退)のあおりを受け、米国では名門私立大学でさえ奨学金制度の見直しを迫られたり、学費の支払い能力に合否が左右されたりする事態が発生している。
マサチューセッツ州メドフォードの名門私立大学、タフツ大学(1852年創立)では今年、一部の合否判定が学費の支払い能力も考慮したうえで下された。
入試事務局のリー・コフィン局長によると、同大学には今年、1万5039人が入学を志願。うち最初の3800人は、家庭の経済状況に関係なく合格が決定した。しかし複数の大学に合格する学生もあり、全員が入学するとはかぎらない。タフツ大は、追加で750人の中から150人を選んだが、その際、約100人は奨学金を必要としないことが有利に働いたという。
(略)09年の寄付金は30%の減少が見込まれている。また、基金を信託したニューヨークの投資会社が、バーナード・マドフに投資したため、2000万ドルの資金が消えてしまったという。
学長は、学生からの申請増加を見込み、奨学基金を12%増の5230万ドルに増やした。ただし上級生への奨学金支給を優先し、新入生への配分は、従来通り1300万ドルに据え置いたため入学志願者のうち5%が学費支払い能力も考慮されることになったのだ。
(上記記事より)

記事によれば現在、学生の学費支払い能力を考慮しない「ニーズ度外視」の制度をとっている大学は、アイビー・リーグなどの名門校だけだそうです。
タフツ大も、07年と08年の2年間は学生の経済状況を考慮しなくて済んだそうなのですが、今回、やむを得ず上記のような措置をとるに至ったとのこと。

アメリカの場合、学費が在学中に大きく値上がることがあるので、それも大学側が支払い能力を気にする一因かもしれません。
(学費の変動がほとんどない日本でも、学費が払えずに退学する学生は山ほどいますが)

どの国の大学でも、本来なら家計状況などに関係なく、能力や意欲に従って学生を入学させたいでしょう。
上記のような判断は、ある意味では合理的にも思えますが、

「普段使っている能力・意欲主義という評価軸ではなく、経済的に在籍し続けられるかどうかという別の評価軸を優先せざるを得なくなった」

……という話ですから、やっぱり大学としても、望ましいことではないのだろうと思います。
そういう限られた状況の範囲内では、可能な限りの合理的な経営判断をしたと言えるのかもしれませんけれど……。

このタフツ大学の判断に対する、高校側のコメントが印象的です。

サンフランシスコの高校で大学進学顧問を務めるジョナサン・ライダー氏は増額分を上級生に優先配分したタフツ大の判断を「立派だ。学生に対して責任を持とうとしている。家計が危機に陥ったとき、大学から出て行けといわれるのは学生にとって悪夢だ」と評価している。
(上記記事より)

うーむ、なるほど。
こういう考え方もあるのですね。

以前の記事でもご紹介しましたが、アメリカの高校にはこうした進学カウンセラーが在籍しています。
本人の希望や適性などを把握するとともに、大学のアドミッションズ・オフィスのスタッフとも連絡を取り合いながら、適した大学を探すのが仕事です。

(過去の関連記事)
■高校の教員が「進路指導」で抱いている悩み

日本でもそうですが、大学によって学費の高さや奨学金の充実度はかなり違います。
ですからカウンセラー達は、生徒の学費支払い能力も、大学選びのための重要な評価軸にすると聞きます。

タフツ大学の「どういう選抜方針で学生を集めるかを明確に説明している」という点が、進学カウンセラーからすれば評価できるのでしょう。
学費の支払いが難しい生徒には、最初からタフツ大学は勧めなければ良いわけで、結果的にお互いの不幸を避けられるということなのだと思います。

逆に言えばタフツ大学の側は、受験者が減ることを覚悟して、こうした方針を打ち出しているわけです。
それでも、入学させてからリタイアされるよりは良いということなのでしょう。

このあたり、色々と考えさせられます。

日本でも、「アドミッションポリシー」を策定し、大学のミッションを打ち出す大学が増えていますが、タフツ大学の発想にはちょっとびっくりします。
家計状況を見て合否を決めるなんて……と眉をひそめてしまう一方、タフツ大学がそのことを社会に公表しているという点には、ちょっと感心したりもします。
ある意味では、学生のためを考え、後のミスマッチを防ぐための情報を出しているということですし。

学費無料の国の方々にとっては、そもそも学費を払えなくて大学を追い出されるというケースが考えられないため、「アメリカの大学はひどい!」と言ってしまえばそれで終わり。
しかし日本の場合、「学費が払えなかったら退学させられる」というところまではアメリカとまったく同じなので、タフツ大学のことを一言で切って捨てられない部分もあるように思います。

「奨学金が山ほどあるから、入学した後からでも、学費のことはどうにでも考えられる」
……みたいな状態が理想だと思うのですが、アメリカも日本もそんな理想からはほど遠く、現実に学費を払えず大学を去る学生が大勢いる現状。
タフツ大学のような方針を打ち出す大学があるのも、あながち分からなくはありません。

でも、日本で同じことが流行しだしたら、それこそ人によっては、進学先が絞られるでしょうね……。
大学も受験生の減少を恐れて、そんな施策は行わないでしょうか。

以上、記事を読んで、色々と考えたマイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。