大学の教壇に立つ中学生達 ユニークな島の人材活用戦略

マイスターです。

大学では、研究者の他、ビジネスの場で活躍する企業人から作家などのクリエイターまで、実に様々な方が授業を行います。

でも、大学生よりも年下の子ども達が、講義を行うというのは珍しいのではないでしょうか。

【今日の大学関連ニュース】
■「島根・隠岐の中学生が東大の教壇に、歴史や文化紹介」(読売オンライン)

島根県海士町立海士中(宇野和福校長)の2年生17人が24日、東大で出前講義を行うことになった。同中は3年前から修学旅行に合わせて一橋大で出前講義をしていたが、東大での実施は初めて。
(略)海士町と東京の大学生らとの交流は、2003年に一橋大の研究室が地域おこしの研究対象として町を取り上げたのがきっかけ。研究で訪れた大学生たちは、「隠岐牛」など地元特産品のブランド化に取り組む町民の情熱や、離島の豊かな自然に魅せられていった。
その魅力は口コミやインターネットなどで他大学にも広がっていき、06年5月、大学生らを乗せて東京を出発したワゴン車が海士町を訪れる、「海士ワゴン」がスタート。これまでに約250人の大学生や社会人が島へやって来た。
同町を訪れた大学生らは海士中での出前授業も実施。07年末には、東大大学院農学生命科学研究科助教の高橋修一郎さん(30)ら東大の研究者が、抽出したサケのDNAを観察する実験などを行った。お返しとして海士中が生徒による東大での講義を打診、高橋さんらが受け入れを快諾した。
生徒たちは約40分間、海士町の産業、自然、歴史、文化について説明し、地元に伝わる踊りも披露する。「だ(私)」「あばかん(たくさん)」など、ほとんど使われなくなった海士弁も、島のお年寄りに教わり、宇野遥さん(13)は「まじめな東大生を漫才のような海士弁で笑わせたい」と意気込む。
(略)高橋さんは「東大生が社会に出た時、地方にも目を向けられるバランス感覚を持つことができれば素晴らしい」と期待している。
(上記記事より)

そんなわけで、島根県にある海士町立海士中学校の生徒達が、東京大学で出前講義を行うとのこと。
なんだか興味深い取り組みです。

この海士中学校、記事にあるように元々は一橋大学を訪問していました。
別のメディアでは、↓このように紹介されています。

出前講義は、生徒の古里学習の機会創出と伝達能力向上が狙い。町の産業振興策を通じ縁ができた一橋大学と共同で企画してスタート。昨年で同大と当初結んだ三年の実施契約が終了した。
これに伴い、同町教委が継続実施を模索。昨年夏に同町で行った科学教育事業を通じて人脈を築いた東京大学に開催を打診し、同大の本郷キャンパスで、学生有志を集めて一時間半程度実施することが決まった。
(「海士中生、東京大学で『出前講義』へ」(山陰中央新報)記事より)

3年の契約期間が過ぎたとのことですが、一橋大学ではどのような「出前講義」を行っていたのでしょうか。
↓こちらに、その様子のレポートがありました。

■「 海士中学校の修学旅行は一橋大学で講義 ■「海士町(あまちょう)へござらっしゃい!」」(財団法人日本地域開発センター)

平成の大合併の中で島根県隠岐郡海士町(あまちょう、6月末の人口 2,515人)は3島合併をせず単独で生き残りにかけることを選んだ。町の職員も給料が20%カットの上、財源は自前で生み出さないとならない。町全体が一つになって愛する海士町を売り出そうと、役場は「キンニャモニャの変」と名づけられた施策を引っさげ、最先端のCAS冷凍技術によるイワガキ、シロイカなどの特産物を地域ブランドとしていかに育て上げるかに取り組んでいる(『地域開発』2003年9月号「離島から特産物を売る」参照)。この産業振興、町の再生に海士中学校2年生23名が一役買うことになった。
海士中学校の修学旅行は東京である。しかし、ただ東京を見学するだけでなくもっと実のあるものを生徒に体験させられないかと関係者が考え、外との交流を通じて自分たちの町を見直すことを学んでもらおうということになった。そこで、文教と個人の力による福祉の先進都市である東京国立市が候補にあがり、留学生も多いので生徒に異文化との出会いから逆に日本を知るような体験研修がないかと探していたところ、何人もの人の輪がつながり、6月23日、修学旅行の1日を国立のシンボルでもある一橋大学で講義(海士町の紹介)をするという話になった。
大学側の受け入れは島根県新産業創造ブレーンでもある一橋大学大学院関満博教授率いる関ゼミの面々。関教授の生徒たちへのもてなしとしては「夢と希望を土産に持たせるべし!」。ゼミ長の竹井一馬さんが指揮を執って5時間のプログラムを組んだ。昼過ぎに大学へ着いた一行は、会場の下見のあと、ゼミ学生との昼食と構内の見学を交流の第一歩にいよいよ海士町の売込みが始まった。
(上記記事より)

リンク元には、当日の発表の様子が写真などで詳しく紹介されていますので、よろしければご覧ください。
教員の指導の元、かなりがんばって準備をしてきたと思われる、なかなか充実した発表だったようです。

この発表のための調査や練習なども、郷土について学ぶいい機会になっているのでしょう。
そんなユニークな教育の実践事例であるという点も含め、大学側にとっても、この海士中学校の発表から得るものは多いと思います。

このような海士中学校と東京の大学との交流は、研究者や大学生の訪問から始まったもの。
では、そもそも、どうしてこのように東京の研究者達が、海士町を訪問するのでしょうか?

「隠岐國海士町」は、人口2,500人程度(2007年11月現在)の小さな町。
場所は、↓ここです。

拡大地図を表示

この通り、離島にある町です。

■島根県隠岐郡海士町

この海士町、実は様々なアイディアで町を活性化させようとしている、ちょっとユニークな存在として知られているのです。

それは、「島まるごとのブランド化」。
若者達を積極的にUターン、Iターンなどで呼び込んで、島の特長を生かした新たな事業を生み出すという実践を行っています。

■「20代から始まる地域イノベーション:「後がない島」から『挑戦の島』へ」(NIKKEI NET)
■全国のブロガーこの島に集まれ!元気な離島 隠岐・海士町
■隠岐の離島にクリエーター集合!

そんな海士町が目をつけたのが、理系を中心にした研究者達。
研究者人材を島の活性化に使う、非常にユニークな取り組みを積極的に展開しているのです。

↓このような、「博士人材」の募集も行っています。

若い博士たちの力で、過疎の島の活性化を――。日本海に浮かぶ隠岐諸島にある島根県海士(あま)町が、科学技術を活用して特産の魚介類の付加価値を高めたり、環境教育を推進したりする「博士」の募集を開始した。
8日には、町の代表が都内の理系学生向け就職セミナーに出向き、博士たちに職員への応募を呼びかける。博士号を取得しても就職できない「博士余り」が深刻化するなかで、新しい活路としても注目される。
同町はこれまでも、島外から研修生を受け入れて特産品作りに取り組み、「さざえカレー」などのヒット商品を送り出してきた。
2年前には、最新の瞬間冷凍技術を導入し、特産の白イカや岩ガキを新鮮なまま全国に届ける事業を始めた。こうした新たな事業を興す科学技術に詳しい人材として、若い理系博士たちに目をつけた。島では、都会と地元の子供たちが自然観察などを楽しむ体験学習も実施しており、こうした環境教育の推進役としても期待されている。
応募者の専門や個性に応じて、町の正規職員や関連団体の職員などに活用する方針。
(「過疎の島活性化に『求む!博士』…島根・海士町で募集開始」(読売新聞2007.12.6)記事より)

研究者向けキャリアサポート会社のサイトに、↓こんなページも作成されているという力の入れよう。

■「探しに行こう自分の場所 >> 島根県隠岐郡海士町」(incu-be)

今回の、中学生による東大での講義の背景として、このような町の戦略、努力があるわけです。

ちなみに海士中学校自体も、環境教育など特色ある教育活動を実践しています。

■「特色ある教育活動(小中学校):海士町立海士中学校」(島根県教育用ポータルサイト)

【研究テーマ】
自ら考え、共に学び合う生徒の育成
【特色ある実践など】
東京大学でのふるさと学習の研究成果の発表
公民館事業と連携した職場体験学習の実施(一週間の宿泊学習)
様々な分野で活躍する方々による出前授業の開催(若手起業家を中心に)
学校エコ改修事業に絡めた発信型環境学習の推進(地域の環境教育の中核として)
全校縦割り班による演劇の発表
マリンスポーツ教室(ダイビング、ヨット等)、スキー教室の実施
【ふるさと教育】
地域に根ざした総合的な学習の時間やふるさとの自然施設などを活用した体験学習を推進し、ふるさとを知り、ふるさとを愛し、かけがえのないふるさとを守ろうとする生徒を育成する。また、島内外の様々な人材から、ものの見方・考え方を学ぶことで、自分の生き方と自分を取り巻く環境を深く見つめ、自分の夢に向けてよりよく生きる力(人間力)を育む活動を展開する。
(上記ページより)

■「島根県海士町立海士中学校」(環境省・学校エコ改修と環境教育事業 ecoflow)

3学年あわせて4学級・60人(島根県教育用ポータルサイトより)と規模は大きくありませんが、それでもこういった興味深い教育の取り組みが行えるのは、海士町のユニークな人材活用戦略あってのことでしょう。

研究者を派遣したり、学生を派遣したり、今回のように生徒を受け入れたり。
こういった意欲的な活動を行う自治体に、大学が様々な形で協力するというのは、非常に興味深いです。
全国的にも、注目すべき教育のモデルケースになるのではないでしょうか。

こうした取り組みから、海士町出身の科学者が誕生していくと、また面白くなるでしょう。
楽しみな取り組みです。

以上、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。