「母国の権威」の大学も、優秀な研究者に敬遠される

マイスターです。

いつもインターネットを使ってネット上の大学関連ニュースを集めているのですが、なんだか最近、海外の、それも中国と韓国の話題が非常に多いです。

こうした国々のメディアが、日本語でニュースを積極的に公開しており、しかもその中に、高等教育に関する話題が相当量含まれているのですね。

自国と日本とを比較するような論説も多く、なかなか興味深いです。
中には、「これ、日本のことじゃないの!?」と思ってしまうような内容の報道もあります。

今日はそんなニュースを一つ、ご紹介します。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「頭脳流出:優秀な研究者に敬遠されるソウル大工学部(上)」(朝鮮日報)
http://www.chosunonline.com/article/20070822000053

■「頭脳流出:優秀な研究者に敬遠されるソウル大工学部(下)」(朝鮮日報)
http://www.chosunonline.com/article/20070822000054
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ソウル大学工学部が教授7人を新しく採用しようとしたが、学問的業績が足りないことを理由に志願者全員を不採用とし、採用を先送りするという前例のない事態が起こった。ソウル大学工学部は9月1日付けで採用する予定だった新任教授の公募を行った結果、志願者25人全員が学部と学科の人事委員会審査を通過しなかったと21日に明らかにした。ソウル大学は以前にも学部・学科別に教授1人から2人を採用しようとしたが、適任者がなく、先送りしたケースがあったものの、今回のように多数を募集したにもかかわらず1人も採用しなかったのは初めてだ。

ソウル大学工学部関係者は「海外で業績を残している研究者に連絡をとり、新規採用があるので志願するよう知らせたが、結局志願者がなかった。国際的に研究能力が検証された実力者はソウル大学工学部に来ようとしない」と語った。

(略)これまでソウル大学という看板だけで教授採用において最高の人材を独占してきたソウル大学の権威が崩壊している。ソウル大学を卒業し海外で実力を磨いた理工系の優秀な人材にとって、ソウル大学教授というのは羨望の対象ではない。これは昨日今日の話でもない。

(「頭脳流出:優秀な研究者に敬遠されるソウル大工学部(上)」(朝鮮日報)より。強調部分はマイスターによる)

ソウル大学自然科学部は2002年初めに生物物理学分野の教授1人を物理・天文学科に補充しようとしたが失敗した。当時ソウル大学は公募に際し、海外で研究活動を行っているソウル大学出身の生物物理学の専門家たちをリストアップして一斉に電子メールを送った。そこには教授採用の公募があるので志願してほしいという内容が記載されていた。ソウル大学の先輩が直接電話をかけたり会ったりして説得もしたが、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)などですでに教授として在職していた候補者たちは「ソウル大学に行く理由がない」として断った。結局採用したかった教授候補者3人全員が志願せず、他の適任者もなかったことから採用そのものを先送りした。

このような事態は同じく2004年にも繰り返された。自然科学学部は結局2006年9月に米国に滞在していたホン・ソンチョル教授を公募ではなく特別採用の形で採用した。その過程について、洪教授は「米国の複数の大学から教授として招かれていたため悩んだ。しかし物理学科の先生たちとの人間的な情関係で断ることができずソウル大学に来た」と明かした。

ソウル大学工学部の金道然(キム・ドヨン)学部長は「外国の大学に在職すれば、子供の教育にも問題がなく、待遇もいい。その結果ソウル大学の人気が徐々に落ちている」と語った。先端科学分野の助教授クラスの年俸も、米国では15万ドル(約1700万円)だが、ソウル大学は4000万ウォン(約 485万円)から5000万ウォン(約605万円)にしかならないという。

自然科学学部の呉世正(オ・セジョン)学部長は、「1990年代後半以降、教授採用に失敗するケースが徐々に増えている。現在では半分は失敗する」と述べた。

こうした中、ソウル大学に優秀な理工系の学者が来ないのは、大学側の傲慢な態度にも原因があるという指摘も多い。ソウル大学農学部のある教授によると、「海外の有名大学は採用する教授が決まれば総長が直接会って説得し、具体的な年俸の交渉を行う。しかしソウル大学は条件を先に決めておいて、“来るなら来い、いやならいい”というやり方だ」という。ソウル大学工学部の別の教授は、「ソウル大学が呼べば来なければならないという基本的な考え方から変えるべきだろう」と語った。

これについて、ソウル大学の李政宰(イ・ジョンジェ)学生課長は「国立大学教授は公務員だ。そのため一律に決まった待遇をするしかないソウル大学の人材誘致システムそのものに問題がある。本当に優秀な人材を破格の条件で連れて来られるよう制度面で支援すべきだろう」と述べた。

(「頭脳流出:優秀な研究者に敬遠されるソウル大工学部(下)」(朝鮮日報)より。強調部分はマイスターによる)

上記の記事の「ソウル大」の部分を、日本の大学、例えば「東大」に置き換えて読むと、非常に考えさせられる内容になります。

というかマイスター、これに酷似した内容の文章を、数年前にどこかで読んだ覚えがあるのです。
それはアメリカの大学に在籍している、理系分野の研究者の方が寄せた文章でした。

東大から、「新任教授募集のお知らせ」という内容の文書が来た。履歴書を同封して返送せよとあったので、よくわからないが後々詳しい説明があるのだろうと思って返送したところ、「あなたが東大の新教授に決まった。○月○日から来てください」という文書が送られてきた……という内容でした。

その研究者の方は、結局、東大からの申し出を辞退したそうです。

「普通、人を獲得しようとするのなら、学部長や人事の責任者が直接、説明に来るのではないかと思うが、そうした姿勢がまったくなかった。
『東大が声をかけているんだから、喜んで来るだろう』という傲慢さを感じた。
待遇のこともほとんど情報がなかった。これでは日本にトップレベルの研究者が集まるわけがない。日本の未来が心配だ」

といったことを書いておられたのが、非常に印象に残りました。

今回のソウル大学の出来事も、まさにこれと同じです。

ソウル大学、東京大学とも、母国では「権威」として認められた存在です。
特に韓国の場合、国立の研究機関では、ソウル大学に比肩する大学がありません(名門私大はいくつかありますが)。
日本の東大以上に、その威光は強力なのではないかと推察します。

ただし、それは国内だけでのこと。
優れた自然科学分野の研究者の活動において、国境はもはやほとんどないと聞きます。
その気になればアメリカでも活躍の場を得られる、という人にとって、こうした「権威」の力が魅力を失ってきているというのは、想像できることではあります。

今回の「事件」は、韓国国内に大きな衝撃を与えたようで、各メディアがこぞってとりあげています。

■「ソウル大工学部教授公開採用…全員不合格」(中央日報)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=90430&servcode=400&sectcode=400
■「【社説】人材がそっぽを向いて教授も選べないソウル大工学部(中央日報)」
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=90429&servcode=100&sectcode=110
■「ソウル大工学部、新任教員応募の40人全員を不採用へ」(東亜日報)
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=040000&biid=2007082207268
■「[社説]有能な人材に見放される理工系の危機」(東亜日報)
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=080000&biid=2007082207078

各紙の社説から、なにか悲壮感のようなものが漂っているように思います。

日本の大学は、世界の大学ランキングなどにおいては今のところ韓国を上回る評価を受けています。
とは言え、こうした韓国の報道から学ぶところも、まだまだあるように思います。
油断はできません。

最後に、韓国の報道から、今回の出来事の原因を要約していると思われる一文を紹介します。

ソウル大学が既存の規定を破り、破格の待遇を約束すれば、実力ある教授を確保することができるだろうが、現実的にそれは望み薄だ。国立大学の硬直した運営が足かせとなっている。このように立ち遅れた環境で実力ある人材が志願する方がむしろおかしいくらいだ。外国にいる韓国出身の人材に対し、何のインセンティブもなしに愛国心に訴えるなど、もってのほかだ。

(「[社説]有能な人材に見放される理工系の危機」(東亜日報)より)

以上、マイスターでした。