「社会人に学び直しの場 大学の講義開設、文科省支援へ」

これからは、一生勉強する社会だよなぁ思うマイスターです。

何しろ世の中が、めまぐるしく変わります。大学業界は激動の時代を迎えていますが、これは大学に限りません。あらゆる業界で何らかの変化が起きています。
仕事内容や働き方も、従来と比べて、非連続的なものになっています。転職したり起業したりといったことも、そう珍しいことではなくなっています。

こんな社会になってくると、正直言って、大学4年間で身につけた知識やスキルで一生を乗り切るのは難しいんじゃないかな、と思うわけです。

もちろん日々の仕事を通じても、人は成長できます。でも、「国際業務で知的財産権を扱えるプロになりたい」とか、「エンジニアだけど、経営のエッセンスを身につけておきたい」とかいった非連続的な成長を遂げるには、やっぱり学校で、体系立てて知識やスキルを身につけることも効果的でありましょう。

これまで日本では、社会人になってから、このように体系だった勉強をするという習慣はあまり見られませんでした。しかし年功序列・終身雇用の仕組みが崩れ、自己責任で人生を設計しなければならなくなっている今、そういった「学び直し」の場として、大学が果たす役割は大きいはずです。

……と、大学人は思うのですが、実際にはまだまだ、大学に戻る社会人は多くありません。
ロースクールや会計、教職教育、経営管理(MBA)といった社会人向け大学院は、年々、市民権を得つつあります。最近では情報技術(IT)や知的財産、技術経営などといった、特殊な専門分野をカバーする大学院も増えてきています。
(あ、「大学アドミニストレーション」もそうですよね)

でも、こういった大学院が、社会人学生を迎えて順風満帆かというと、実はそうでもないのです。「社会人対象」を謳う大学院は、いずれも定員確保に苦労しているのが現状です。都心にある大学院ですら、そうです。
特殊な専門分野を扱う大学院は、開設された当初は話題になりますが、2年目から定員割れというところも珍しくありません。

18歳人口の減少に悩む大学としては、社会人という市場をどうにか開拓していきたいと切望しているのですが、どうもうまくいっていないのです。

その理由は、顧客の身になって考えてみると単純明快です。

社会人向け大学院に通うことが、キャリアアップにつながっていないのです。

今のところ唯一、キャリアの変化に直結している大学院は、ロースクールくらいではないでしょうか。それ以外の大学院は、「高い金を出して通っても、仕事内容や給料アップにつながる保証がない」と考えられているのではないかと、マイスターは思います。

・大学職員養成大学院に行きたいか?
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50120930.html

↑以前、「大学職員養成大学院」についても、同じようなことを述べました。
例えば桜美林大学の大学アドミニストレーション専攻。教員は一流揃いだし、教えられている内容もすばらしいのだけれど、通学課程は既に定員割れしています。全国を対象にした通信課程が、ようやくギリギリ定員を確保できているかというところです。

おそらく十分な学生が集まらない最大の理由は、「ここに通った場合と、通わなかった場合で、仕事内容や給与額に違いが出てくるとは思えない」からではないでしょうか。
もちろん、そんな直接の利益がなくても、自己研鑽のために通う方はいます。それは大変すばらしいことなのですが、「プロフェッショナル・スクール」としてやっていくのだとしたら、いつまでも自己研鑽のための学校にとどまっているわけにはいかないでしょう。(ただ、この分野はまだ分野としての歴史が浅いので、今後、そういう存在になれるように、どの大学院も粛々と足下を固めているところなんじゃないかとは思います)

これは大学職員養成大学院に限りません。大学院の学費は安くありませんし、学習の負担も軽くありません。わざわざ高いお金と時間をかけて通うだけの意味を感じてもらえなければ、社会人を対象に毎年一定の定員を集め続けていくのは困難でありましょう。

というわけで、本日は↓こんな報道をご紹介します。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「社会人に学び直しの場 大学の講義開設、文科省支援へ ニートや復職希望者も対象」(西日本新聞)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20060829/20060829_015.shtml
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社会人のキャリアアップやニートの就職を支援するため、文部科学省は28日、2007年度から、社会人に学び直しの機会を提供し職業に直結した講義を行う大学や短大を選定、財政支援する方針を決めた。

政府の再チャレンジ推進会議がまとめた施策の1つで「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」として、07年度予算の概算要求に48億円を盛り込む。

文科省によると、プログラムでは、国公私立の大学や短大、高等専門学校の取り組みのうち優れている300件を選定。1件あたり1600万円を支出、3年間続ける。支援金は教材開発や外部講師の人件費などに充てる。

プログラムの対象は就職している人のほか、子育て後の会社復帰を目指す人や正社員を希望するフリーターなどを想定。大学教員のほか、企業や業界団体から講師を招いて授業をする。

具体的には(1)企業の人事・研修担当者と連携し、社員を再教育する教育コースの開設(2)介護や情報技術(IT)など特定の業界団体から情報提供を受け、技術を習得する教育プログラムの開発(3)地域で不足する人材を補うため、地元産業界や自治体と連携して講座を作る―など。

修了すると履修証明を発行して就職や企業内の昇進に役立てることも考えられるとしている。

文科省大学振興課は「教養を学ぶ公開講座とは異なり、就職や昇給、昇進につながるような取り組みを支援したい。地域や企業のニーズに臨機応変に応えることにも大学の役割になってきている」としている。

再チャレンジ推進会議は、小泉改革で格差社会が拡大しているとの批判を受け、格差是正に取り組むために設置された。
(上記記事より)

社会人の職業訓練に対して経済的な援助をする仕組みとしては、厚生労働省の「教育訓練給付制度」があります。よく語学学校の広告などで、「受講料の最大○○%が支給されます!」とか書いてあるアレですね。こちらは、受講生に直接、受講料を補助する制度です。
ただしこの教育訓練給付制度は、雇用保険の被保険者である期間など、結構細かい条件が付いていました。

■「教育訓練給付制度 検索システム:支給を受けようとするみなさんへ」(中央職業能力開発協会)
http://www.kyufu.javada.or.jp/kensaku/T_M_shikyu

どちらかというとこの厚生労働省の給付制度は、「無職にならないようにする仕組み」だと思います。

一方、今回の報道で紹介されている文部科学省の「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」は、「社会人のキャリアアップ」という文言が入っているのが特徴です。

再チャレンジ推進会議は、小泉改革で格差社会が拡大しているとの批判を受け、格差是正に取り組むために設置された。

とありますよね。そう、こちらは、社会格差を是正するためのプログラムなのです。

「プログラムの対象は就職している人のほか、子育て後の会社復帰を目指す人や正社員を希望するフリーターなどを想定」とあります。こういった方を対象にした教育プログラムを作った大学には、文科省が財政支援しますよ、という内容です。
市民が講座を受講しやすくすることを目的にした厚労省の制度とは違って、こちらは「大学に、社会人訓練のためのプログラムを作らせる」ことをまず目指した取り組みですね。

言い換えると、「現在は社会人がキャリアアップのために通える大学の教育プログラムはほとんど存在してない」ってことです。「こうでもしなけりゃ、おまえら社会人が本当に受けたいと思うプログラムなんて、いつまでたっても考えないやろ」という、大学に対する文科省関係者の心の声が聞こえるかのようです。

具体的には(1)企業の人事・研修担当者と連携し、社員を再教育する教育コースの開設(2)介護や情報技術(IT)など特定の業界団体から情報提供を受け、技術を習得する教育プログラムの開発(3)地域で不足する人材を補うため、地元産業界や自治体と連携して講座を作る―など。

企業と組んで社員教育のプログラムを作る、というのは、以前の記事でご紹介した、大学の企業(法人)向けサービスの話にも通じるところがあるように思います。

・「法人営業課」を作ってみませんか?
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50228352.html
・大学が展開する、法人(企業)向けサービスの事例
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50229709.html

特定の業界団体から情報提供を受け、技術を習得する教育プログラムを開発する、というのにも注目です。アメリカでは、ロースクールやMBA、メディカル・スクールなどのプロフェッショナル・スクールのカリキュラムを、業界団体が評価する仕組みがあります。そのプログラムのアクレディテーション(認証)を、業界団体が行うという形で、です。そうやってプロフェッショナル・スクールの教育内容と、業界が想定する人材の基本的な能力とが、大きく乖離しないようにするわけです。
日本では、そういった取り組みは医学領域などを除いては、あまり活発には行われていませんでした。そういう点で、今回の報道内容は気になります。

色々と気になる文科省の発表ですが、このプログラムの成否は、「いかに企業や業界団体と連携できるか」にかかっているように思います。

修了すると履修証明を発行して就職や企業内の昇進に役立てることも考えられるとしている。
文科省大学振興課は「教養を学ぶ公開講座とは異なり、就職や昇給、昇進につながるような取り組みを支援したい。地域や企業のニーズに臨機応変に応えることにも大学の役割になってきている」としている。

…とありますが、単に履修証明を出すだけなら、現在とあまり変わりません。要は、「大学で学んだことを、企業や特定業界が、評価してくれる」という流れをつくることが重要なのだと思います。

ですから、特定の企業や、特定の業界団体とタッグを組んで一緒にカリキュラムを作り、卒業生(修了生)をちゃんと評価してあげる仕組みを構築することが、何よりも大切なのではないでしょうか。

これまで大学は、特定団体とベッタリつるんでカリキュラムを作ることに、どちらかというと抵抗を感じていたかもしれません。でも、社会人のキャリアアップになるようなプログラムを作るためには、避けて通れない道なのかも知れませんね。

個人的には、社会人が大学に通いたくなる社会であってほしいと考えていますので、今回の文科省の取り組みには注目したいと思います。果たして、どんなプログラムが出てくるでしょうか。

以上、マイスターでした。

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※個人的な希望を言えば、どこかの大学職員養成系大学院が、このプログラムに採択されるような事態になったらいいなぁと思うんですが、どうでしょうか。